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ウィキペディア 大掾氏 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/05/25 21:00 UTC 版)大掾氏(だいじょうし)は日本の氏族の一つ。桓武平氏国香流。中世常陸で繁栄した。 目次1 発祥2 鎌倉時代3 南北朝時代4 室町時代5 戦国時代6 大掾氏一族 発祥国香の子貞盛は天慶の乱で常陸に多くの所領を得た。貞盛は弟繁盛の子維幹を養子にし、常陸の所領を相続させた。維幹は常陸大掾職に任ぜられ、その子孫は代々大掾職を世襲したため、職名から「大掾氏」と呼ばれるようになった。 鎌倉時代大掾氏は在庁官人のトップとして君臨し、常陸の中・南部に広く分布、多くの枝族が栄えた。嫡流家は筑波郡多気に本拠地を置き多気氏と呼ばれたが、建久4年(1193年)多気義幹が失脚して所領と大掾職を没収され、吉田氏の吉田資幹が大掾職に任官し、大掾氏の惣領となった。その子孫は水戸城を本拠地として栄え、馬場氏とも呼ばれた。また、常陸守護である小田氏は国衙の掌握を目指し、大掾氏と度々激しい対立を起こしている。 南北朝時代南北朝時代に入ると、大掾高幹は中先代の乱では北条時行に、その後は宮方につき、楠木正家が瓜連城に入るとこれに助力する。建武3年(1336年)に瓜連城は佐竹義篤や高師冬によって攻め落とされる。翌年には府中奪取を目指す武家方に攻められ、小田治久と協力してこれを撃退した。しかし、翌建武5年(1338年)には武家方に投降し、小田治久を攻める。その後、大掾氏は義詮、基氏と鎌倉府に仕える。 室町時代応永23年(1416年)に上杉禅秀の乱が勃発すると大掾満幹を中心とする大掾氏の多くは上杉禅秀側にたつ。結局禅秀は敗れ自害し、鎌倉公方足利持氏は禅秀派の処罰をはじめる。大掾氏も本拠地である水戸城周辺の所領を没収され、持氏派の江戸道房に与えられた。満幹は水戸城の明け渡しを拒否し、占拠し続けたが、応永26年(1419年)府中に出かけて留守にしている時に水戸城を江戸道房に攻め落とされた。永享元年(1429年)12月、満幹は鎌倉で鎌倉公方持氏の命により殺害された。 戦国時代その後大掾氏は江戸氏、佐竹氏に押され、これにともない惣領家の求心力が衰えていく。後北条氏の勢力が北関東にも及んでくると、大掾清幹は上杉謙信と結び、佐竹氏らと協力して反北条活動をとる。しかし、その間も江戸重通は大掾氏を攻め続け、当初中立の立場をとり、時には和睦の仲介をとっていた佐竹氏も江戸重通に協力す ..
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フリー氏族のだいじょうし大掾氏百科事典ウィキペディア大掾氏00版21日本の出典0525ウィキペディアは2007一つ。桓武平氏国香流。中世常陸で繁栄した。室町時代5戦国時代6天慶の大掾氏一族常陸に目次1鎌倉時代3発祥2得た子貞盛は南北朝時代4所領を発祥国香の多くの乱で。貞盛は常陸の子維幹を弟繁盛の所領を養子にし、相続させた。維幹はと常陸大掾職に職名から子孫は大掾氏任ぜられ、その世襲したため、呼ばれるようになった大掾職を代。君臨し、分布、トップとして中栄えた枝族が常陸の多くの南部に在庁官人の鎌倉時代大掾氏は広く。嫡流家は没収され、失脚して本拠地を大掾職を呼ばれたが、任官し、惣領となった1193年大掾職に多気氏と筑波郡多気に大掾氏の吉田氏の所領と建久4年置き吉田資幹が多気義幹が。その呼ばれた水戸城を本拠地として馬場氏とも栄え、子孫は。また、掌握を大掾氏と激しい常陸守護である目指し、起こしている国衙の度対立を小田氏は。北条時行に、中先代の大掾高幹はその入ると、乱では瓜連城に後は宮方につき、南北朝時代南北朝時代に助力する楠木正家が入るとこれに。建武3年瓜連城は佐竹義篤や1336年に落とされる高師冬によって攻め。翌年には攻められ、目指す撃退した小田治久と府中奪取を協力してこれを武家方に。しかし、投降し、武家方に小田治久を攻める1338年には翌建武5年。その基氏と大掾氏は後、義詮、仕える鎌倉府に。勃発すると上杉禅秀側にたつ上杉禅秀の大掾氏の多くは大掾満幹を室町時代応永23年に中心とする1416年乱が。結局禅秀は処罰をはじめる敗れ鎌倉公方足利持氏は自害し、禅秀派の。大掾氏も与えられた没収され、所領を本拠地である江戸道房に水戸城周辺の持氏派の。満幹は攻め応永26年江戸道房に水戸城を明け時に府中に出かけて渡しを占拠し落とされた水戸城の拒否し、留守にしている1419年続けたが、。永享元年殺害された命により鎌倉で鎌倉公方持氏の満幹は12月、1429年。戦国時代その佐竹氏に江戸氏、求心力が惣領家のこれにともない衰えていく後大掾氏は押され、。後北条氏の大掾清幹は上杉謙信と北関東にも佐竹氏らと勢力が及んでくると、協力して反北条活動をとる結び、。しかし、間も大掾氏を攻め江戸重通は和睦の続け、江戸重通に協力すその時には佐竹氏も当初中立の仲介をとっていた立場をとり、。


