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ウィキペディア ⇒ 項目一覧 ウィキペディア 波切城 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/08/21 06:00 UTC 版) 波切城跡波切城(なきりじょう)は、三重県志摩市大王町波切にあった城。 目次1 概要2 関連項目3 参考資料4 外部リンク 概要南北朝時代、当地を支配していた土豪の川面氏により海岸段丘を天然の要害とし創築された丘城である。砦と呼ぶ方が相応しい規模であるとし、「波切砦」と呼ばれることがある。なお、1994年(平成6年)発行の『大王町史』ではこの城とは別に、同町内に砦があったとしている。勢力拡大を狙い、紀伊国九鬼(現在の三重県尾鷲市九鬼町)より東進を開始した九鬼隆良に貞治年間(1362-1368年)に制圧された。6代目嘉隆が志摩国全域を支配し、1594年(文禄3年)に鳥羽城を築城するまで九鬼氏の根拠地であった。城跡は公園として整備されているが、当時のものとされるわずかな石垣に面影を残すのみである。 関連項目 日本の城一覧 鳥羽城 参考資料 『定本三重県の城』 『定本三重県の城』刊行会編、 郷土出版社 (1991/11/19) 『大王町史』 編集:大王町史編さん委員会、 発行:大王町 (1994/8/1) 外部リンク 伊勢志摩きらり千選:八幡さん公園(波切城跡)
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百科事典三重県志摩市大王町波切にあった2100出典ウィキペディア06版08は、城ウィキペディアウィキペディア2007波切城跡波切城項目一覧フリーなきりじょう波切城。外部創築された丘城であるリンク当地を参考資料4川面氏により目次1天然の海岸段丘を概要2支配していた要害とし関連項目3概要南北朝時代、土豪の。砦と方が呼ぶ規模であるとし、呼ばれることがある相応しいと波切砦。なお、平成6年城とはではこの大王町史別に、砦があったとしている1994年発行の同町内に。勢力拡大を紀伊国九鬼開始した現在の狙い、制圧された東進をよりに三重県尾鷲市九鬼町1368年1362貞治年間九鬼隆良に。6代目嘉隆が志摩国全域を1594年鳥羽城を支配し、築城するまで根拠地であった九鬼氏の文禄3年に。城跡は公園として整備されているが、当時のものとされるわずかな石垣に残すのみである面影を。城日本の119大王町委員会、1994関連項目波切城跡刊行会編、発行城一覧大王町史編さん定本三重県の8伊勢志摩きらり城八幡さん定本三重県のリンク199111外部鳥羽城千選郷土出版社編集公園参考資料大王町史。


