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蔡瑁 - hatena
字は徳桂。三国志の英雄(?〜208)荊州の豪族であり、劉表の後妻である蔡夫人の弟であったため、劉表の政権下で最も力を持っていた。姉の子である劉蒴を後継者にしようとするが、劉備が長男である劉蒅を推挙するため、劉備暗殺を2度画策するも失敗に終わる。劉表死後は劉蒴を後継者に仕立て、曹操が南征するとすぐさま降伏し、荊州を曹操に献上。赤壁の戦いでは曹操軍の水軍を指揮していたが、周瑜の計略により罪を着せられて処刑される。
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三国志小事典 蔡瑁Cai Mao サイボウ(サイバウ) (???)漢長水校尉・漢陽亭侯 字は徳珪。襄陽の人。蔡諷の子《襄陽記》。蔡氏の邸宅は蔡洲のほとりにあり、家屋の造りは非常に立派で、四方の垣根はみな青石でもって角を作っていた。婢妾は数百人もおり、田地は別に四・五十ヶ所もあった。蔡氏一門がもっとも勢力があったのは後漢末期、蔡諷の時代で、彼の姉は大尉張温に嫁ぎ、長女は黄承彦の妻となり、末女は劉表の後妻となった。蔡瑁は末女の弟である。蔡瑁は豪壮な性格で自尊心が強かったという《襄陽記》。劉表が荊州刺史となったとき、長沙太守蘇代や華容県長貝羽らはおのおの軍勢を擁して彼を受け入れようとしなかった。そこで劉表は宜城まで行き、蔡瑁と蒯越・蒯良を招いて協力を求めた。その計略によって荊州を平定することができた《劉表伝》。蔡瑁は劉表のもとで江夏・南郡・章陵太守、鎮南将軍軍師を歴任した《襄陽記》。蔡瑁の姉が劉表とのあいだに子劉琮を儲けると、蔡瑁は外甥張允とともに劉表に可愛がられ、劉琮とも親密になった《後漢書劉表伝》。劉琮に跡目を継がせようと画策して、姉の蔡氏は内側にいてその美貌を称賛し、蔡瑁・張允は外側にいて人徳を感歎してみせた《襄陽記》。劉表の病が危篤となると、劉琮の異母兄劉琦が任地から帰ってきたが、蔡瑁は父子の情愛によって劉琦が跡目相続するのではないかと恐れ、張允とともに彼を戸外で追い返した《劉表伝》。劉表の没後、荊州を引き継いだ劉琮は、荊州に侵出してきた曹操に帰服した《劉表伝》。蔡瑁は若いころ曹操と親交を結んだことがあったので、曹操は彼の邸宅を訪れて寝室に入り、彼とその妻子に向かって「徳珪よ、覚えているかい?むかし一緒に梁孟星に会いに行ったのに孟星が会おうとしなかったことを。今ここに来ているそうだが、何の面目あって卿に顔を合わせられるんだろうね」と語った《襄陽記》。曹操の従事中郎、司馬を経て、長水校尉まで官位は昇り、漢陽亭侯に封ぜられた《襄陽記》。曹操は旧知として待遇したが、当時の人々は彼を軽蔑した。彼が劉琮を助けて劉琦を貶めたのが咎められたのである《襄陽記》。蔡瑁の邸宅の南に彼の塚があるが、塚の前には石を刻んで大鹿をかたどったものがある。頭部は非常に大きく、高さは九尺にもなり、造りはきわめて精巧である《襄陽記》。一説に蒯越とともに劉備の命を狙ったというが疑わしい《先主伝 ..
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